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最高裁判所大法廷 昭和40年(し)21号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告趣意は、別紙特別抗告申立書記載のとおりである。

所論は、違憲をもいうが、その実質は単なる法令違反の主張に帰するのであって、刑訴法四三三条所定の適法な抗告の理由に当らない。

なお、職権をもって調査するに、申立人は、昭和三七年四月二四日大阪簡易裁判所で窃盗罪により懲役一〇月、未決勾留日数三〇日算入、三年間執行猶予の判決の宣告を受け、右判決は同年五月九日確定したところ、別に昭和三六年一〇月二三日荒尾簡易裁判所の宣告にかかる窃盗罪による懲役一年、三年間執行猶予、同年一一月七日確定の判決による前刑のあることが発覚したため、昭和三九年一〇月二六日静岡簡易裁判所において、刑法二六条の二第三号および二六条の三により、右両刑の執行猶予の言渡を取り消されたこと、申立人は同月二九日右取消決定に対し東京高等裁判所に即時抗告を申し立てたところ、同年一一月四日これを棄却され、翌五日右棄却決定の告知を受けたが、これに対する特別抗告の提起期間を徒過し(申立人は右期間経過後である同月一四日最高裁判所に特別抗告を申し立てたが、同年一二月二五日不適法な申立として棄却された。)検察官は、右取消決定確定後の同年一一月一二日該決定に基づき前記各刑の執行を指揮したことが、本件記録上明らかである。

そこで、本件刑の執行指揮の適否につき考えるに、刑法二七条の解釈上、執行猶予取消決定に対する即時抗告の提起期間内またはその係属中は、刑訴法四二五条により右取消決定の執行は停止されるから、その間に猶予期間が経過すれば、刑の言渡はその効力を失わざるを得ないけれども、右取消決定に対する即時抗告棄却決定が、猶予期間経過前に、刑の言渡を受けた者に告知された場合には、執行猶予取消の効果が発生し、検察官は刑の執行指揮をなし得るものと解すべきである。右即時抗告棄却決定に対しては特別抗告の申立が許されるけれども、特別抗告は執行を停止する効力を有しないから(刑訴法四三四条、四二四条)、右即時抗告棄却決定をした原裁判所又は抗告裁判所である最高裁判所が右決定の執行を停止しない限り、右執行猶予を取り消した決定は、直ちに執行し得る状態になるのである。

これを本件についてみるに、申立人が前記執行猶予取消決定に対する即時抗告棄却決定の告知を受けたのは、昭和三九年一一月五日であり、各刑の執行猶予期間経過前であることは、前示のとおりであって、右即時抗告棄却決定の執行は停止されていないのであるから、その後特別抗告提起期間内に、前記荒尾簡易裁判所言渡の刑の執行猶予期間が満了したとしても、右即時抗告棄却決定の告知によりすでに発生した取消決定の効力に影響はなく、検察官が右即時抗告棄却決定の告知後、右各刑の執行を指揮したのは適法である。叙上と反する見解を前提とする本件異議の申立は失当であり、これを排斥した原決定は、その理由において異なる点があるけれども、結論において正当である。

よって、刑訴法四三四条、四二六条一項により主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官奥野健一の反対意見があるほか裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官奥野健一の反対意見は次のとおりである。

所論は刑訴法四三三条所定の適法な抗告理由に当らないが、同法四一一条の準用により、職権をもって調査するに、刑法二七条に「刑ノ執行猶予ノ言渡ヲ取消サルルコトナクシテ」という場合の「取消サルルコト」とは、取消決定の確定することを意味するものと解する(かく解することは、執行猶予付確定判決の刑の時効期間は、同法三三条の解釈上、執行猶予の取消決定が確定したときから起算するとの解釈とも表裏一致する。けだし、この解釈は刑の執行もこの時から開始し得ることを前提として始めて成り立つからである。)。すなわち、執行猶予を取り消された刑を執行し得るためには、猶予の期間内に猶予の取消決定がなされるだけでなく、その期間内に取消決定が確定することを要する。従って、猶予の期間内に取消決定がなされても、その期間内に右決定が確定しなければ、その刑の言渡は効力を失い、刑の執行は不能となり、許されないのである。このことは右決定に対する即時抗告棄却決定の特別抗告期間中に猶予期間が満了したときも同様である。

即時抗告棄却決定に対し特別抗告の申立があった場合に、特別抗告には即時抗告の場合の如く執行停止の効力は認められていない(刑訴法四二五条、四三三条、四二四条参照)が、特別抗告申立により即時抗告棄却決定の確定力は遮断されるのであり、また、これにより右決定が取り消される可能性が残されているのであるから、その決定の確定前に刑の執行を許すことは、裁判の確定前に刑を執行するのと同様であり、基本的人権を侵すものである。(民訴法四九八条の如く、同法四〇九条ノ二の特別上告には、判決の確定を妨げる効力はない趣旨の特別な明文のない刑訴法においては、刑訴法四三三条の特別抗告には、決定の確定力を遮断する効力があるものと解すべきは当然である。)

のみならず、元来執行猶予の取消に基づく刑の執行は、取消決定自体の執行ではなく、取消決定を介しての基本たる裁判の執行に外ならないのであって、この意味で執行猶予取消決定自体には、その性質上執行の観念を容れる余地はないのである。従って、即時抗告棄却決定は、単に執行猶予取消決定の効力を生ぜしめるというだけのものであって、取消決定を確定せしめる効力を有するものではないのである。それ故、即時抗告棄却決定に対する特別抗告に執行停止の効力がないからといって、執行猶予取消決定が確定したものということはできない。(因みに、改正刑法準備草案八三条二項は、現行刑法二七条の解釈として、猶予期間内に執行猶予の取消決定が確定することが必要であることを前提としたものであることは明らかである。)

本件の場合、荒尾簡裁言渡の刑について、猶予取消決定は猶予期間内になされたが、その確定は、即時抗告棄却決定に対する特別抗告期間の満了時(昭和三九年一一月一〇日)であって、猶予期間(満了は昭和三九年一一月六日)の経過後であるから、右刑の執行は不能であり、許されない。従って、右刑に対する検察官の執行指揮は違法という外はない。

(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠)

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